寝台列車を乗り倒す
趣味は、鉄道旅行だ。鉄道好きは物心ついた頃からなので趣味歴40年余といったところか。何も考えずにぼーっとしているだけで幸せだ。何の変哲もない趣味だがこれに今まで何度も救われた。
30代前半で結婚し、1年ちょっとで離婚したが、離婚後半年近く立ち直れなかった。仕事には何とか行っていたが、生活も不規則で夜もよく寝られない。夜、横になっていると急に涙が伝って落ちてくる。
ある日の会社帰り、駅で偶然ブルートレイン(寝台特急)を見かけた。これに乗って朝目覚めると九州なのか、と思うと九州に用事などないが、なんだか乗ってみたくなった。
決行日は仕事の日の夜、翌日は休みの日だ。2007年の冬のことだ。当日は早く帰宅し、シャワーも浴びて着替えて、身支度を整えて再び駅に向かった。夜11時前に寝台特急が入ってくる。停車時間は短い。乗る人はほとんどいない。すぐにドアが閉まって列車はそろりと動き出す。その日利用したのは「ソロ」と呼ばれていた個室寝台で、プライバシーが守られる個室でありながら、開放型寝台と同じ料金で利用できる、コスパ最強の寝台だった。
窓の外は真っ暗だが、ときより暗闇に光が飛び込んでくる。自動販売機の光だ。こんなにたくさん自動販売機ってあるんだな、と思わぬ発見をした。ボーッとして気持ちよく、寝るのがもったいないと思っていたが、いつのまにか熟睡していた。起床放送が流れてきた。列車は山口県内を走っているらしい。
こんなに熟睡したのは、離婚トラブルの原因になった事件があってから半年ぶりぐらいだ。気分もスカッと清々しい気持ちでまるで生まれ変わったかのようだった。それからだ、夜ぐっすり寝られるようになったのは。
心境にも大きな変化があった。とにかく以前に比べて前向きになった。過去の出来事にあまりとらわれないようになって、またやり直せばいいだけだ、と吹っ切れるようになった。
それからも何度か寝台列車の旅をした。10回くらいは行っただろうか。さくら・はやぶさ、みずほ・富士、北陸、能登、北斗星、トワイライトエクスプレス、日本海、あけぼの、サンライズ瀬戸・出雲、あかつき・なは、はまなす。自分を救ってくれた寝台列車の旅に今も感謝している。
再婚する前、彼女に言った。「時々フラッと電車で一人旅に出るからそれだけは許してくれ」。答えは「乗り物酔いでようついていかんから一人でどうぞ」だった。
うまく行かないときは、しばらく問題から離れて好きなことをするのもあり
気分転換は大事だと思う。精神科医樺沢紫苑先生も「緩急つけて働くことが重要」と言っている。休職中、会社を休んでいるのに旅行なんて不謹慎だ、会社の人に会ったら何と言われるかわからない、なんて思っている人もいるだろう。自分がそうだったからその気持ちよく分かる。
でも、心身を休息させてまた働けるようになるために休職しているのだから、今は弛緩の時だ。ずっと緊張してきたのだから緩めればいい。無理して旅行する必要はないが、旅行が気分転換になる人は遠慮せず旅行すればいいし、それ以外の人もやりたいことをやればいい。緊張と弛緩をバランスよく繰り返すほうがむしろ自然だ、と私は思う。